この目に映る一切の情景 11

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 こくり、と喉を鳴らして水を飲む。口が離れてゆく。急速に意識が浮上していくのが分かって、ナルトは大きく息を吐いた。
 色を持たない視界は、まるで初めて物を映したかのようにぼやけている。
「ナルト」
 呼ばれて、朦朧としたまま目を上げた。ゆっくりと現実が戻ってくる。焦点を結ばずにしばらく辺りを彷徨っていた瞳は、やがて定まって、ナルトは、気が付くとカカシの右目を見上げていた。
「……せ……」
 声が出た、と思った瞬間、
「……っ」
 喉に絡んで、ナルトは激しく咳き込んだ。
「大丈夫か」
 身体を横向きにさせられ、げほげほ、と喘鳴する背中を大きな手が強くさする。徐々に苦しさは収まり、乱れた息は次第にゆっくりと静まってゆく。
 ナルトは深呼吸を繰り返しながらシーツの上にぐったりと倒れた。
「ごめんごめん、先生が悪かった。ちょっと気管支に入っちゃったかな」
「うー……」
 呻き声にしかならないが、なんとか返事する。
「丸一日以上眠りっぱなしだったが、具合はどうだ。平気か?」
「……そ、んなに……」
 時間の経過は、全く分からなくなっていた。ただひたすら眠っていたように思う。長く苦しい戦いのような、幸福な事件の連続のような。妙な気分だ。
 カカシの手はずっと背中を撫で続けている。それが気持ち良くて、しばらくされるがままになっていたナルトだったが、続けられた言葉に思わず目を剥いた。
「気持ち悪いことして、すまなかったな。でも、こうしないとお前、水飲んでくれなかったでしょ」
「……! ちが……っ」
 驚いて身体を返す。相手を仰ぎ見て反駁するが、本調子からほど遠い身体を思い切り捩じることになり、変な姿勢にまた咳き込むことになった。気持ち悪くなんかない。なんでそういうこと言うの。
 喘ぐと、広い手の平に背中を軽く叩かれ、何度か繰り返すうちに、すぐに楽になった。
「先生……!」
「うん」
「そんな、言い方……すんなよ」
 呂律も回らない。身体の動きだけではなく、喉も舌も上手く働かなかった。噛み噛みだ。
「オレも、カカシ先生……の、こと、……スキって、言った」
 何とか言葉を口から押し出す。一瞬カカシが見せた弱腰と、提示された逃げ道を、ナルトはものの見事に一蹴した。
 そんなナルトに、カカシは目尻を緩めた。ふわりと優しく笑みを浮かべて、
「オレもだよ」
 と、ナルトの言葉をいとも自然に肯定する。
「今まで言わなかったけど、オレもナルトのことが、ずっと好きだった」



「マジで……?」
 あまりにもすんなりとした返事が返ってきて、これは夢ではないのか、と目を瞠ったまま訊いた。
「ホント。勝手に何度もキスしてごめんね」
 言いながら、カカシはさっきまでそうしていたように、固まっているナルトの唇を軽く吸い上げた。上半身をしっかりと抱えられ、ようやく状況を悟ったように、ナルトの指はカカシのシャツに絡まって縋り付く。
 口付けは、触れ合うだけですぐに終わってしまったが、カカシは姿勢を保ったまま、ナルトの頭と背をあたたかな掌と腕で包み続けた。
「オレ、先生のこと、好きになっちゃいけないって……思ってた」
「そう」
「先生も、オレにはこういうこと、しないんだって、思ってた」
「だな」
「じゃあ、なんで……?」
「……さぁな、何でだろうな……」
 頭と頭をくっつけたまま二人は言葉を紡ぐ。鼓膜が拾う音とは別に、頭蓋骨を伝わってカカシの声が届く。
 大好きな声をこんなふうに聞くのは初めてだった。
 静かな部屋の中、かつてないほどの至近距離でじっとしていると、互いの心音まで聞こえるような気さえした。具合の悪さなど、吹き飛んでしまうような勢いで高鳴ってゆく。
「ただ、お前を連れてきてここに寝かせてみたら、何か、我慢しているのが馬鹿馬鹿しくなってな。お前はこんなに素直にオレを頼るのに、って。……そんなことを、ずっと考えていたんだよ」
「……」
 声と音に耳を傾け、じんわりと滲みこんでくる意味を噛みしめる。
「ま、病人相手に長々とする話じゃあない。お喋りはここまでだ」
 カカシは大人しく腕の中に収まっていたナルトを、身体から引き剥がした。
「えええっ!? 何だそれ?」
 良い気分になっていたころを、突然遮られて唖然とする。
「これ以上、熱が上がったらどうする。安静にしてなきゃだーめ。すぐ寝ろ。その前に飲むとか食べるとか色々やらなきゃな」
「なに急に冷静になってんの?」
 勝手な言い草なのは重々承知の上で、ナルトの抗議を躱しながら宥めた。
「病気なんて、どっか行っちまうってばよ!」
「はいはい、分かったから。続きは病気が治ってからな」









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