この目に映る一切の情景 6

 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 TOP




 部屋の中は静かだった。傍らのラグマットに座り込み、眠る横顔を見つめる。
(泊めるのは、初めてだな)
 大人になって一緒に酒が飲めるような歳になれば、そういう機会も巡ってくるだろうかと夢想したことはあったが、まさか看病のために連れて帰ってくることになるとは。
 任務で傷付き弱り果てたこの子を抱えて病院へ駆け込んだことは何度かあっても、介抱は自分の役割ではない。体力消耗で倒れる回数なら、カカシの方が多いくらいだ。
 しかし、思い掛けなく転がり込んできたこの状況を、彼は別に遠慮しなかった。ナルトの面倒は自分が看ると、五代目にはこちらから申し出た。
(だって、コイツにはオレしかいないじゃない)
 息を潜める。これから、この二人きりの時間が、何日続くのだろう。
(薬が効けば、明日明後日で完治。効かなければ一週間かそれ以上)
自嘲気味に笑みを零した。
「……こんなふうに、思うなんてな」  
 この子がここを訪れるのは稀だったが、そのたびに、もっと長い時間をここで二人で過ごしたいと、感じていた。だからと言って帰るナルトを引き止めたこともなかったが。
 次の日が互いに休日だと知っていても、泊っていけ、というただの一言さえ口に出したことはない。
 その気になれば機会なんていくらでも作れただろうに、しようともせず、時は過ぎ季節は巡り。



 少し考えて、保冷剤や食料を補給することにした。買い出しに出掛け、帰ってきて、片付ける物音で少々煩くしても、ナルトは目を覚まさない。
 暑そうに身動きするのに気付いて布団を薄手の毛布に替える。
 呼吸は静かで規則正しいが、浅かった。寝付いた直後に比べれば、だいぶ苦しそうになってきた。
 そうこうするうちに、綱手がやって来た。
 額に手を当てて顔色を伺い、脈を測ろうと腕を取ったところで、ようやくナルトは目を覚ます。
「気分はどうだい? ナルト」
 声を掛けても答えはない。虚ろな瞳を薄く開けて視線を動かすのが精一杯のようだ。
 ふふ、と綱手は小さく笑う。
「大丈夫じゃなさそうだね。頭の中がぼーっとして、何にも出来ないだろ。でも不安になることはないよ。高熱が出れば、誰だってこんなものさ」
 体温計は三十八度五分を指している。脈も早くなってはいたが、体温の上昇に比例した範囲を超えてはおらず、乱れもない。
「熱はもう少し上がりそうだな。汗が出てくるのはその後だ」
 この子の負傷や疲労は何度か診ているが、病気は初めてだった。あの無尽蔵の治癒力がこの類の感染症に対してどう反応するのかは、綱手にとっても未知の領域になる。
 手のひらをかざし、首から胸に掛けてのリンパ線を辿る。微細なチャクラコントロールで経絡に沿ったエネルギーラインの状態を探るが、目立った異変は感じ取れない。他の感染者と同じように、基本的な人体の抵抗力が働いているようにしか見えなかった。
「回復が始まったら治るのは早いんだろうけど、症状は他の患者と変わらないかもしれないね。そっちはどうだ」
 横に立つカカシを振り仰ぐ。
 左眼を出して横たわるナルトを注視していた彼だったが、静かに首を振った。
「異変らしい異変は、何も」
「そうか……」
 身体を巡るエネルギーは大きく乱れ、良い状態ではないのが見て取れる。しかし今は、ナルトの呼びかけに応じて、または怒りに反応して漏れ出す、あの赤く禍々しい色が、カカシの左眼に写ることはなかった。
 回復力に繋がる膨大なチャクラと戦闘時に出現するあれは、出所は同じでも性質が正反対だ。体内の治癒機能と封印の接続方法が、術式の謎を解く鍵の一端であることは、今までにも自来也とヤマトを交えた四人で散々議論してきた。
 何か目新しい情報が出てこないかという期待をこめての診察でもあったのだが、そう都合良く物事は運ばないらしい。
「さて、ちょっと辛いかもしれないけど、薬を飲んでもらうよ」
「ナルト、少しだけ起こすからな」
 カカシの支えで上半身を起こし、寒天の膜で包まれた粉薬を手早く飲ませる。治療薬と言っても、体内の病原菌を殺す力はないんだけれどね、と綱手は説明する。
「あくまで増殖を抑えるだけだ。完全に打ち勝って排出し終えるまで、自分の免疫力や体力で勝負することになる。でも、おまえの体質に合わせて調合し直してあるから、全く効かないってことはないはずだよ。少しは楽になるだろう」
 水を充分に飲ませ終えて、再び横たえると、ナルトはもう目を開かなかった。
 四十度近くまで上がるようだったら報告しろ、と言い置いて、綱手は帰って行った。









禁・無断複写複製転載転用 純愛無用