EXIST REASON 5

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 月の明るい夜だった。風は無い。
 座り心地の良い枝を見つけ、ナルトは少し遠い位置にある顔岩を臨む。
 思えば、ナルトの四代目に対する憧れと尊敬の気持は、無尽蔵だった。絶対に尽きることがなく、どんな局面に置いても、途切れることなく心の底からふつふつと沸き上がってきてナルトの身体を満たす。そしていつでも、その一歩の足を前に踏み出させる原動力になっていた。
 ただ、それが何故なのかは分らなかった。理由があるなんて思いもしなかった。物心付く前から、自分は既にそうだったから。尊敬するようになったきっかけを、ナルトは思い出せない。


 だが、この感情には、確固とした根拠があったのだ。
 知らなかった。本人の口から告げられて、こんなに驚いたことは今までないくらい驚いた。
 アカデミーを卒業したあの日からずっと、心の底のどこかで不運を嘆く気持ちが燻っていた。四代目は何故、よりにもよって自分に妖孤を封印したのか。適当な孤児が手近に居たからか。それなら何も自分でなくてもよかったのに、と。
 しかし事実を知った今なら、四代目の決断は実に理に叶ったものだったと分かる。どこの誰とも知らない余所の子に、こんなこと、出来るはずがない。
 彼はナルトのその不満を丸ごと受け止め、謝罪すらしてくれた。理不尽に対する恨みやわだかまりは、腹に一発見舞いはしたが、その程度で一瞬にして消え去ってしまった。
 それどころか、どうして今まで気付かなかったのか、とすら思う。
 自来也とカカシは、ずっと、遠回しではあったが、ナルトが四代目を尊敬する気持ちを、常に肯定し続けていたのに。似ている、とさりげなくほのめかすことすらしていた。
 三代目だって……、と考え掛けて、ナルトは理解する。自分が四代目を尊敬するきっかけを覚えていないのは、当然なのかもしれない。きっと物心付く前から、三代目はナルトにそう刷り込んでいた。間違いない。
 あまりにも、誰にでも、優しすぎた、あの人。亡くしてから、もう三年以上の時が過ぎてしまったけれど。日々幾度も思い知る、あの偉大な愛が、今は、こんなにも近く。
 そして五代目もその方針を守り続けていた。彼女は忠実に師の道を実践し続ける。


 彼らがこのことについてナルトに何も言わなかったのは、今でも言えないのには、きっと、計りしれない想いがあるに違いなかった。こちらからはとても問うこのと出来ない、あまりにも深い痛み、喪失、悲しみ……。そして、もしかしたらまだ何か、理由があるのかもしれない。
 そこには、ナルトを如何なる危険や痛みからも、ただ守りたいという、気持ちと配慮が常に滲んでいた。彼らがナルトのために手を打ち、取る策で、ナルトのためにならないことは一つもないのだ。
 自分はこんなにも守られていた。この名前も。込められた深い願いを承知の上で名付けられた。全然、これっぽちも気付かず、少しも知らなかったけれど、自分は本当は、こんなにも愛されて、手厚い庇護と希望をこの身いっぱいに浴びて、育ってきたのだ。
 家族なんていないと思っていた。それは間違いだった。腹に手の平を当てる。彼は、ずっとここにいて、いつでも見守っていた。どんな時もナルトを励まし、ナルトを支えて、守って……。
 こんな幸福がこの世にあることを、こんな日がやってくることを。ナルトは知らなかった。今までは。
 ああ、今なら自分は何でも守れる。何でも。
 こころゆくまで顔岩を眺めた。時間を忘れて、ナルトは夜気に身を任せる。


 会議は、見込みより早く切り上げることが出来た。気温が下がって少し肌寒い。自分のテントに戻ると、毛布に包まり寝転がっている姿が目に入った。
 思わず目尻が下がる。これは今すぐカカシが抱き締めて良いものだ。唐突に始まった非常時体制の日々に倦んだ体には、何よりの滋養だった。
 手に下げていた袋を音を立てないよう脇へ置いて、屈み込んでそっと近付く。
(眠ってるな)
 カカシの気配にも目を覚ます様子はない。
 覆い被さり、顔の辺りの毛布をそっと引き剥がすが、ナルトの目は閉じられたまま。規則正しい静かな寝息が気持ち良さそうだ。
(顔色は)
 テントライトのほの暗い灯りでは、よく見えない。
 昼間、言葉を交わした時、ナルトは確かに不眠を訴えていた。どんな状況でも睡眠を取り、短時間で疲労回復出来るよう日頃から訓練を積んでいる自分たちではあるのだが、今のナルトの場合、この避難所生活に慣れて落ち着くには、また違う問題があるかもしれない。
 周囲からの扱いの変化は、彼にどんな影響を与えているのだろう。カカシにはそれを見極める必要があった。
 それ以前にこの子は、師匠を亡くした傷心から完全に立ち直っていない状態を押して、妙木山に赴いたのだ。そして、異例の早さで仙術を会得し、戻ってきた。成果は見ての通り、ナルトは掛けられた期待には必ず応える。辛い気持ちをどうやって乗り越え、どれほど頑張ったのだろうか。想像も出来ないほど厳しい修行だったに違いない。
 だが、そんな彼の胸中が言葉になることは、滅多になかった。
 それ自体は決して悪いことではない。独りで決めて、独りで努力して、喪失も挫折も耐え切って、男は一人前へと成長してゆく。それがこの先を進む糧となり、自信となる。
 カカシもそうだった。幸い仲間には恵まれ、日々の暮らしも犬たちと一緒だったが、たった一人の家族を失くした時も、十六年前、全てを失ったと感じたあの夜も、自分は様々な状況を独力で乗り切らなければならなかった。
 頼る人がいない、と言うのともまた違う、その「ひとり」という感覚は、カカシに取っても馴染みのあるものだ。ナルトの性質のその部分は、とてもよく理解できる。わかるから、せめて寄り添いたいと思った。よく頑張ったな、と。誰よりもオレはお前を認めているよ、と、伝えたい。
 が、矛盾する気持ちの大きさも、また感じ取れる。ナルトはたぶん、今の状態に満足など全くしていない。目に見える勝利をおさめても、結局本当に取り戻したいものは取り戻せないままだ。虚しさにバラバラになりそうな思いも同時に味わっているはずだった。
 胸が痛む。
 この子のためにしてやれること常に模索する。そのために、誰よりも近くに居る。
 これからもきっとそのためだけに、この命を、この時間を、自分は費やしていくのだろう。
 無防備に目を閉じる相手の頬に、手の平を当てた。
 ナルトがここを、この自分の傍を、居場所だと言うのなら。この手は決して離さない。
 そして……護り切る。









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